大阪市に事務局を置くNPO法人「JHD&C(ジャーダック)」では、病気やその治療によって髪の毛を失ってしまった子どもたちのために、無償でウィッグを提供する「ヘアドネーション」という活動をしています。代表理事の渡辺貴一さんは、ヘアドネーションが日本にひろがるきっかけをつくった人物です。
「たくさんの方が取材に来てくれますが、僕らがやってることって、全然大したことではないんですよ。だって、本来捨てるはずだった髪を集めて、ウィッグをつくっているだけなんですから」
渡辺さんはそういって笑います。そしてポツリといいました。
「正直いうと、僕は“笑顔のために”という言葉があまり好きではないんです」
ヘアドネーションの活動をする渡辺さんだからいえる、切実な言葉でした。
「脱毛症の方のなかには、どうして自分の髪は生えないんだと、落ち込み、暴れ、心を病んでしまう人もいます。僕はそういう人を何人も見てきました。でも、ある当事者の方がいいました。自分を受け入れるために、もがき苦しんだその過程は、すべて必要な時間だったと。“笑顔のために”と口でいうのは簡単です。ただ、悲しみや苦しみを経験しなければ生まれなかった笑顔もあるんです」
ウィッグを提供した17歳の女の子からのひと言を、渡辺さんはいまでも忘れられません。
「ウィッグを着けた姿を鏡で見て、『久しぶりに自分の本当の笑顔を見ました』と彼女はいいました。家族や友だちに心配させまいと、ずっと嘘の笑顔をつくっていたんだと思います。経験者でなければいえない言葉です」
渡辺さんはウィッグを求める人たちがいる限り、この活動を続けていくといいます。その一方で、この活動がなくなることが究極の目標だとも話します。
「髪の毛がなくても、だれも気にしなくなれば、ウィッグも必要なくなります。もっと自由に、自分を表現できる世の中になることが、僕の願いです」
JHD&C代表理事 渡辺貴一さん
2009年に団体設立。脱毛症やがんの治療などで
「頭髪に悩む子どもたち」のために、ヘアドネーション
による献髪のみでつくったメディカル・ウィッグを無償で提供している
ウィッグを受け取った子どもからの手紙・メールが全国から届く。
「髪の毛を提供するのも、受け取るのもボランティアです」(渡辺さん)
アデランスとの共同体制ができ、2016年からはJHD&Cが提供する
ウィッグは、アデランスの工場で製作されるようになった
取材・文/中村未来 撮影/木村耕平