エビデンスに基づいて頭皮を科学的にケアする「スカルプケアサイエンス」の研究で、がん治療で脱毛した女性に笑顔をもたらしているのが、東京大学の真田弘美先生です。真田先生は看護師として床ずれの研究を開始し、その後、乳がん患者の創傷を研究。そのなかで耳にしたのが、乳がん患者の悲痛な声でした。

「乳がんの抗がん剤治療では、ほぼすべての人が脱毛します。それまで私たちは、その心のケアに重きを置いていました。ただ、脱毛することは治療前に知らされるので、心と体の準備をなさっている方も少なくありません。実はそれとは別に、乳がん患者さんは大きな苦痛を感じていたことがわかりました。それは、脱毛したあとに起こる頭皮の痛みとかゆみです。外出時などにウィッグを着ける際は、ヒリヒリとした痛みやたまらないかゆみなど、大変な不快さと闘っていらっしゃったんです」

ところが多くの患者さんがそれを口に出さず、明るみには出ませんでした。

「考えてみればそうですよね。人に見られたくないからウィッグを着けるわけで、ウィッグを外して診てもらうこと自体が大変な苦痛です。乳がん患者さんは乳房を中心に皮膚組織が壊死し、多量の浸出液や強いにおい、痛みを抱えながら生活を送る方も少なくありません。そんな方々のウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に良好であること)を高めるために、なんとかしなければと思いました」

そこで真田先生はアデランスと協力し、乳がん患者の脱毛に伴う痛みやかゆみの研究に乗り出します。それを担う優れた看護研究者の確保や、患者さんおよび病院との信頼構築に多くの労力を費やしながら細密な調査データを取得。あわせて、脱毛患者にやさしいウィッグの研究にも取り組みました。

「アデランスから、ウィッグの内側に特殊なシルクプロテインを塗ったメディカルウィッグ(医療用ウィッグ)の提供を受け、通常のウィッグとの対照実験を行いました。するとメディカルウィッグでは、頭皮の炎症が有意に抑えられたんです。患者さんからは『痛みやかゆみもなく快適に過ごせました』という声も多く上がりました」

スカルプケアサイエンスで、乳がん患者の笑顔を取り戻す。そんな思いのもと、今後は痛みやかゆみ自体を抑える方法を確立したいと真田先生は話します。

真田弘美先生
東京大学大学院医学系研究科教授(健康科学・看護学)。
実験中に褥じょくそう瘡の感染物質から毛が生えてきたことから、
育毛に活かせないかと産学連携のパートナーを探していたところ、
手を挙げたのがアデランスだったという。その後も、医療用ウィッグ
品質向上のためのデータ取得・共同研究に取り組む

「看護の現場は日々変化し、ストレスが大きいのですが、
患者さんは、私たちがケアすることで心から笑ってくれる。
ナースはそれに支えられて生きています」と真田先生。
患者さんとの信頼関係を結ぶには、常に自身の心を安定
させること、笑顔を絶やさないことが大切、と説く

取材・文/田嶋章博 撮影/富本真之