「鞠谷(きくたに)先生。こんな製法があると聞いたのですが、ご存じですか」
「ほぉ……。これは私も初めて聞きました。くわしく聞かせてもらえますか?」
会話の主は、東京工業大学の鞠谷雄士先生と、アデランスの開発担当者。16年前、アデランスが鞠谷先生に人工毛髪開発のアドバイザーを依頼してから、こんな会話を何度も交わしているそうです。
「担当者の方が、私も知らないような製法や素材の情報を次から次へと持ってくるのです。こちらも勉強になりますし、議論するのが楽しくて仕方ないですね」
そう話す鞠谷先生は繊維材料工学の第一人者ですが、人工毛髪の開発に関わるのはこれが初めて。アデランスが製販一体の開発体制を敷き、「究極の人工毛髪を追究する」姿勢に驚かされたといいます。
「『ウィッグを思い切りシャンプーしたい』という、お客様からの高い要望についても、真摯に聞き、対応する。この姿勢が、どの開発担当者も同じなんですね。それが会社の基本スタンスなのでしょう」
この「究極」をめざす姿勢が、鞠谷先生の心を深く揺り動かしました。
「昨今のものづくりは、グローバル競争を意識して、100点をめざすよりも、70点をまんべんなく取ることが優先される傾向があります。しかし、究極をめざして、無限の努力を注ぐ姿勢も捨ててはいけないと思うのです。その点、アデランスとなら、手抜きのないものづくりができると考えました」
「要はマニアック同士なのです」と笑う鞠谷先生。その互いのこだわりをぶつかりあわせることで2006年に生まれたのが「バイタルヘア」です。そして、いま、次世代の人工毛髪の開発が佳境を迎えています。
「当初は失敗作だと考えられていたのですが、実はこれまでの常識を覆すような面白いものができたとわかった。こういうのが楽しいのですね」
本物の毛髪を超える人工毛髪、一人ひとりの髪質に合わせたオーダーメイド・ウィッグ。鞠谷先生は、すでに次を見据えています。
「人工毛髪はなくても生きられますが、自分の見た目に好影響を与え、人の心を豊かにしてくれます。そう考えると、絵画や音楽と同じ、一種の芸術作品といえるでしょう。その作品づくりに、これからも携わっていきたい」
今日も、鞠谷研究室では、究極を目指す議論が繰り広げられています。
鞠谷雄士先生
東京工業大学物質理工学院 材料系教授。
1982年東京工業大学大学院博士後期課程修了、
2001年より現職。2020年より米国繊維学会会長を務める
「正直いって、私も人工毛髪の微妙な違いは判別できないのですが(笑)、
アデランスの担当者は皆、見分けられる。品質を正しく判断する力が
醸成されているんですね」
取材・文/杉山直隆 撮影/宗廣暁美