飲むAGA治療薬など新治療法が広がり、そして新たな診療ガイドラインの策定へ

※所属、役職は取材当時のものとなります。

近年、分子生物学の発展によって脱毛のメカニズムが解明され、薄毛治療の道は大きく開かれました。
2010年の『男性型脱毛症診療ガイドライン』『円形脱毛症診療ガイドライン』策定から5年、新たにエビデンスに基づいた診療ガイドライン第二弾(2017年を予定)の策定作業に入った毛髪研究の第一人者である板見智教授に、最新毛髪治療の最前線をうかがいました。

なぜ髪の毛は抜けるのか──。

近年の分子生物学の発展によって、この基本的な脱毛のメカニズムがかなり解明されてきていますが、これは最近10数年のことです。前々号の「アデランスプラス」(Vol.1)で、板見智教授に詳しく解説していただいているので、まずはそのおさらいから始めます。

人間の毛髪は、成長期、退行期、休止期というヘアサイクルを繰り返しながら、2〜6年をかけて生え替わっていきます。ところがこのヘアサイクルが乱れ、成長期が短くなり、毛髪が十分に伸びる前に抜けてしまい、頭頂部や前頭部の毛髪が薄くなるのが男性型脱毛症です。そこにはテストステロンという男性ホルモンが深く関与しています。このテストステロンが血中を流れて毛髪の成長を制御する毛乳頭細胞内に入ると、5α還元酵素(リダクターゼ)の働きによりDHT(ジヒドロテストステロン)というより強い男性ホルモンに変化します。このDHTが細胞内でレセプター(受容体)と結合して毛乳頭細胞の核に入り、標的遺伝子のプロモーターと結合すると、ヒゲには毛の成長を促進するシグナルを出す一方、頭頂部や前頭部には毛髪の発育を抑えるシグナルを出し、その結果、頭頂部や前頭部が薄くなり、男性型脱毛症が進みます。

そこで男性ホルモンから出ている成長抑制シグナルをブロックするAGA治療薬として生まれたのが、「フィナステリド」です。日本では〝プロペシア〟という商品名で販売され、3年間にわたって服用を継続すると、80%の人が「髪の毛がやや増加した」という臨床試験データがあります。

AGA治療薬、フィナステリドとデュタステリドについて

フィナステリドとはどのような特徴を持っているのでしょうか。

フィナステリドはもともとは前立腺肥大症の治療薬です。男性型脱毛症の原因物質である5α還元酵素には1型と2型がありますが、特に毛乳頭細胞に存在する2型が抜け毛につながるDHTの生産に関わっています。フィナステリドはテストステロンとこの2型5α還元酵素との結合をブロックし、2型DHTの生産を抑制させる働きを持っています。

最近は同じような働きのデュタステリドも話題になっています。

デュタステリドも前立腺肥大症の治療に使われています。薬というのは飲めば何時間かで排出されますが、デュタステリドはフィナステリドに比べて体に長くとどまりますから、その効果がより早く出やすいとも言われています。実際、韓国や日本などいろいろなところで臨床試験が行われていますが、半年の臨床試験でフィナステリドと同じような結果が出たといいます。最近はネット上で格安の薬も販売されていますが、安全性が担保されているとはいえません。

韓国ではデュタステリドが男性型脱毛症の自費診療に使われていると聞いていますが、日本でも医師の処方によって使われる可能性がありますか。

普通は1年ほどの臨床試験で結果を見ないと分からないものなのですが、治療の選択肢が増えたという意味では、フィナステリドを1年飲んで効き目がなかった人は、信頼できる医師に処方してもらい、デュタステリドを飲むという選択があってもいいですね。

フィナステリドと一緒に服用するという選択肢はありますか。

それはだめです。副作用が心配です。例えば、フィナステリド1㎎で十分なのに、その5倍飲んでも効果は一緒ですし、副作用が出てくる恐れもあるのと一緒です。

フィナステリドからデュタステリドに替える選択肢はありますか。

フィナステリドの方が評価がある程度固まっていますから、何年も飲み続けてある程度効果を実感している人にとっては、デュタステリドに切り替えるという選択肢はないと思います。デュタステリドを使う人は、新規の患者になるのではないでしょうか。

新たな診療ガイドラインの策定とともに毛髪再生に期待

さて、日本皮膚科学会が『男性型脱毛症診療ガイドライン』と『円形脱毛症診療ガイドライン』を策定したのは2010年です。新たな診療ガイドラインはいつ頃策定する予定ですか。

すでに5年経ちましたし、病気のメカニズムについても、この5〜6年で新しいこともいろいろと分かってきて追加する必要もありますし、新しい治療手段も出てきているので、そろそろ改訂する時期ですね。そこで現在、改訂に当たっての作成委員の人選を行っている最中です。ガイドラインの策定には2016年いっぱいかかり、2017年には新たな診療ガイドラインを策定したいと考えています。

ガイドラインの策定は、どのような基準で行われるのでしょうか。

それぞれの薬物なり治療法について、どれだけ根拠のある論文があるか、が基準です。権威のある人が言うからそれで決まるというものではなく、逆にエキスパート・オピニオンの意見は評価が一番低いのです。

それは、臨床試験によるエビデンスが重要視されるということですか。

そうです。しかし、そのエビデンスも一つだけではだめです。過去の多くの臨床試験などの論文からエビデンスレベルの高いものを集めて吟味する手法を使い、その時点での最良の治療法のエビデンスが提示されていることが最も評価が高い。具体的に一番評価が高いのは、医者も患者もブラインドであること(ダブルブラインド)が前提で、無作為に2群に分けてプラセボ(有効成分を含まない錠剤)を投与したものと、実薬を投与したものを一定期間で比べたものです。そうしないと評価する方にはどうしてもバイアス(かたより)がかかります。患者さんの場合で言えば、実薬を投与されていると思うだけで、効いたような気になる(プラセボ効果という)ものです。ですから無作為にどちらが効くか分からないようにするダブルブラインドの臨床試験を実施し、2群に分ける時も年齢も進行具合も全部同一にしなければなりません。

フィナステリドもミノキシジルも、そのようなダブルブラインドで行った臨床試験によるエビデンスにより、評価されたものなのです。

診療ガイドラインの策定により、治療を受けたい人はエビデンスの高い治療を受ける事ができますね。

どういう治療がいいのかというガイドラインを示しておけば、薄毛を治療したいと思う人がクリニックに行った時、医療従事者もそれに基づいて「根拠のある治療法はこれ」と自信を持って答えられます。また、一般の人も医院や薬局、育毛剤選びの参考になるのではないでしょうか。

最後に、最も期待されているのが毛髪再生ですが、現在はどのような状況にあるのでしょうか。

皮膚から細胞を取り出し、それを培養して毛乳頭や毛包を再生する研究が進んでいます。しかし、細胞というのは生体から切り離して皿の上で増やした瞬間、毛乳頭や毛包を誘導する能力を持つ遺伝子の90%が寝てしまいます。この寝た子(細胞)を起こすことが課題で、すでに成功した事例は海外で報告されていますが、実用化にはさまざまな問題があり、もうしばらく時間がかかりますね。

インタビュー・文/佐藤 彰芳 撮影/田村 尚行