繊細な技術革新を重ねバイタルヘアを紡ぎ出す

※所属、役職は取材当時のものとなります。

バイタルヘアは、糸の〝鞘〟と〝芯〟の部分に2種類の高分子材料のナイロン(ポリアミド)を複合させて小さな穴から押し出し、空気中で冷却させながら引き伸ばして製造する。この成形加工の機械を設計・製造したのが、株式会社ムサシノキカイだ。
このムサシノキカイは、元々は株式会社武蔵野機械設計事務所として各企業が求める製造ラインなどの機械を企画・設計を手がけていたが、平成元年、機械製造を行っていた同グループの武蔵野機工株式会社と合併して現社名とし、企画・設計・製造・販売に至るまで一貫した機械製作メーカーとしてその体制を確立している。

幅広い分野で求めに応じ企画・設計・製造する

御社はどのような機械の設計をされているのですか。

加藤:今期で第53期を迎えますが、あらゆる方面でプラスチックの需要が高まり、軽量化や薄膜化が進みました。そこで様々な樹脂を用いた包装材が求められてきました。例えば水気が入った包装材は水が漏れない強度が求められますし、乾燥したお菓子の場合は光が入ると酸化してしまうので、アルミとフィルムを張り合わせて光を通さない特殊なフィルムを使った包装材などが求められました。そうした包装材を生産する機械を企画・設計することから我が社は歩み出しました。
現在は、さまざまな分野で設計から製造まで行っています。代表的なものとしては、液晶関連フィルム製造装置があります。液晶フィルムは何種類もの特殊なフィルムを重ねます。また偏光フィルム、偏光メガネなど光を一定方向に通す役目のフィルムもあるのですが、そうしたものをつくる装置も我が社が設計して各企業に納めています。
これに関連して、少し以前の液晶テレビは斜めから見ると見えませんでした。いまは見えるように改良されていますが、その特殊フィルムを製造する機械も我が社が設計・製造しました。依頼企業から相談を受けて、トライ&エラーを繰り返してその機械を作り上げました。

レーザー事業部もお持ちです。どんな機械をつくっているのですか。

加藤:一般に流通している大型なものはやりません。ニッチ(隙間)な部分で成果を挙げています。
錠剤がありますが、その錠剤の印字はいままでは金型でプレスして刻印されていました。そこで、錠剤にレーザーで刻印できないかという依頼があり、我が社は1秒間に30〜40個の錠剤の表面にマーキングする機械を設計・製造しました。この印字するレーザー部分はムサシノキカイが設計を担当しましたが、いま、日本の大手錠剤メーカーにこのレーザー刻印が採用されつつあります。
実はこの刻印を金型でやった場合、不良率は5%も出ていたそうで、これは大きな損失でした。このレーザーシステムで、不良率は0.5%になったそうです。

バイタルヘアの特性に合わせ繊細な技術を投入した

御社にはほかにもオゾン発生装置等もあり、その幅広い企画設計力には驚きます。さて、MS事業部のお話を滝本さんにおうかがいします。

滝本:MS事業部は石油を原料にしたものでさまざまな糸をつくる紡糸装置、混練装置、押出機などの機械を設計・製造しています。

アデランスなどが依頼する人工毛は大量生産に使うというモノではありませんが、例えば、1台の機械を設計することもあるのですか。

加藤:もちろん、あります。ただし、これは私だけのポリシーなのかな、我が社が設計した機械でお客様に儲けていただき、さらに設備のリピートをいただくのを目標にしております(笑)。

アデランスの人工毛をつくる機械の設計はいつ頃から始まりましたか。

滝本:もうお付き合いは30年になるかと思います。新潟の研究所にお邪魔したりといろいろ試行錯誤しましたが、機械の開発に4〜5年かかっていましたから、最初は全然商売になりませんでした(笑)。最初の一号機として我々の装置を納入させていただいたのは、サイバーヘアの押出機でした。

サイバーヘアができたのは平成元(1989)年です。その後、バイタルヘアをつくり出す機械の設計を主導されたのは滝本さんですか。

滝本:ええ、当時の開発責任者の方と一緒に、技術力を上げるために高分子材料の成形加工の構造や物性の研究で名高い東京工業大学大学院の鞠谷雄士教授のところに相談に行きました。鞠谷先生には大和にあるテスト工場に来ていただき、バイタルヘアをつくる機械も見ていただきました。

バイタルヘアの成形加工機(アデランス新座人工毛研究所にて)

 

バイタルヘアは温度管理などいろいろ難しかったんじゃないですか。

滝本:確かにバイタルヘアにとって温度管理は重要な案件ですから、工場に機械を見に行くときは、工場の機械を止めて、みなさんマスクをつけるというように、温度にはとても神経質になっていましたね。製造ラインのなかのどこの温度が問題なのかをきちんと調べる必要がありますから。

バイタルヘアをつくる機械は、サイバーヘアをつくる機械とどのように違うのですか。

滝本:バイタルヘアは内側に芯があって、外側に鞘のある構造をしています。
加藤:光ファイバーがありますが、あれと同じ構造で、中に芯があり、外側に保護膜としての鞘がある構造をしています。この二重構造の光ファイバーをつくり出す機械も我が社が設計・製造しています。
関正敏(アデランス):芯と鞘と呼ばれる糸の構造は数十年前に専門誌や学会で発表されていますし、すでに実用化されています。用途や材質などにより装置の制御や押し出す方法など全部替えなければなりません。
加藤:樹脂にはいろいろな種類があるので、滞留の仕方などさまざまなノウハウが必要です。例えば、へんなところに滞留すると樹脂が劣化してしまうこともありますね。
:芯になる〝あんこ〟が固まったところで、皮膜となる〝皮〟を付けるわけですが、芯であるあんこが溶けた状態で一緒に押し出します。
滝本:それも、ムラの無い同じ幅で出さなければならない。
:それがすごい技術なんです。用途や素材によって、みんな変わってくる。こんな樹脂を使って、こんな形をつくりたいときちんと設計する会社に伝えなければなりません。それに応じて機械をつくってもらい、さらに試験を繰り返して、さらに改良を重ねていくという作業なのです。
滝本:髪の毛は細いですから、芯がずれると太陽の光が当たったときには縮れてしまったりしますから。

アデランスには、さまざまな色のバイタルヘアが揃っていますが、機械は何台も用意しているのですか。

:いえ、まず単一な髪を揃えるのはとても難しいのですが、ウィッグに使う人工毛の量はたかが知れています。大量の人工毛をつくってもしょうがない。だから一台の機械で何百種類もの色の人工毛をつくりますし、縮れた癖のある人工毛も同じ機械でつくります。それは、材料の配合比を換えることと、必要な人工毛に合わせた条件を調節できるような装置になっています。

バイタルヘアの次なる人工毛が開発されているようですが……。

:いま、サイバーヘア、バイタルヘアの次なる人工毛のために、ムサシノキカイさんと話し合い、昨年からヘッドを取り替えたりと、機械の改造を行っている最中です。

機械の改造にはどれぐらいの時間を要するのですか。

加藤:一から企画・設計するのと違い、アデランスさんの機械には長い間の経験と技術の蓄積がありますから、だいたい4〜5ヶ月で改良することができるのではないかと思います。最初から全部仕様が新しくなるとすれば、3〜4年はかかりますが、いままでの基礎があり、アレンジして改良するのに、それほど時間を要しません。

ニッチな世界で特殊な機械を生み出す

これだけ工業用機械の企画・設計で多くのノウハウとともに技術力を有している御社には、大手の繊維企業からも相当な依頼があるのではないですか。

加藤:大手企業のナイロンとか、そういう大量生産に使う機械の設計・製造は我が社には合いません。装置を安くして、数をいっぱい出さなければなりませんから。
ニッチな世界で特殊な技術を極めて行くというのが、我が社のやり方です。現在いる140名の社員中技術部は約40 名。少数精鋭ながら新しい機械を設計することで社会に新たな風を吹き込みたいのです。

インタビュー・文/佐藤 彰芳 撮影/圷 邦信