「女性型脱毛症」と新たな変更点が追加された2017年版「診療ガイドライン」
※所属、役職は取材当時のものとなります。
男性型脱毛症(AGA)に関する治療法をまとめた「男性型脱毛症診療ガイドライン」が策定されたのは2010年。 その後、新たな治療法や新しい薬が加わり、2017年末、名称も「男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン」 として改訂された。2010年版に引き続き、今回も策定委員として中心的に携わった板見教授に、 「女性型脱毛症」が加わった理由とともに、新たな変更点についてお話をうかがった。
男性型脱毛症のメカニズム
人間の毛髪は、成長期、退行期、休止期というヘアサイクルを繰り返しながら、2〜6年をかけて生え替わっていきます。ところがこのヘアサイクルが乱れ、成長期が短くなり、毛髪が十分に伸びる前に抜けてしまい、頭頂部や前頭部の毛髪が薄くなるのが男性型脱毛症です。
この乱れに深く関与しているのが、テストステロンという男性ホルモンです。このテストステロンが血中を流れて毛髪の成長を制御する毛乳頭細胞内に入ると、5α還元酵素(リダクターゼ)の働きにより、DHT(ジヒドロテストステロン)という強い男性ホルモンに変化します、ちなみに5α還元酵素にはⅠ型とⅡ型があり、後ほど出てくるAGA内服治療薬に深く関わってきます。このDHTが細胞内でレセプター(受容体)と結合して毛乳頭内の核に入り、標的遺伝子のプロモーターと結合すると、ヒゲには毛の成長を促すシグナルを出す一方、頭頂部や前頭部には毛髪の発育を抑えるシグナルを出します。その結果、男性型脱毛症が進むのです。
女性型脱毛症を追加した理由
こうした男性型脱毛症をどう抑えるのか、そして新たに加わった女性型脱毛症への対処法も併せ持つ新たな診療ガイドラインについてうかがいます。女性型脱毛症に関して取材すると、男性に比べ脱毛の原因が分からない部分が多いのですが、2017版の診療ガイドラインのタイトルに女性型脱毛症という言葉が入りましたが……。
そう、女性型脱毛症の原因がよくわからないからこそ誤った治療をしてはいけないので、新たに女性型脱毛症の診療ガイドラインを入れたのです。男性型脱毛症は遺伝と男性ホルモンが原因であるとはっきりしています。女性型脱毛症は、遺伝と男性ホルモンが原因である、というデータは出ていないのです。
女性型脱毛症は、発症時期が男性とは違いますし、薄くなってくるパターンも違います。もちろん男性型脱毛症も女性型脱毛症を引き起こす一つの要因に含まれますが、女性の場合、脱毛症の背景にはその他にさまざまな要因があります。男性型脱毛症の原因となる遺伝子について調べても、女性に関してははっきりしたデータは出ていませんし、男性ホルモンとの相関がまったくないケースもあるのです。例えば、男性ホルモンをつくる遺伝子に異常がある女性でも薄毛になる症例もあり、男性ホルモンだけでは説明できないのが女性型脱毛症なのです。
男性に比べ、女性型脱毛症は複雑なのですね。
女性の場合、男性ホルモンに依存性がある人もたくさんいます。女性は元々、ホルモンに対する依存性は男性よりも敏感なのです。思春期に女性もニキビができたり、性毛と発育が促進されます。女性には男性ホルモンが10分の1しかありません。少ないからこそ敏感に作用し、それがいろいろな症状として出やすいのではないかと私は考えています。また、男性の場合は思春期以降に脱毛が起こりますが、女性の場合は更年期以降に脱毛するケースが多い。男性型脱毛は頭頂部や前頭部が薄くなるM型とO型というパターンが多いのですが、女性型脱毛症は多くの場合、頭頂部を中心に広範囲の脱毛が多い。男性と女性ではさまざまな脱毛の違いがあるので、国際的にも男女の脱毛症の診療方法は分けて考えるようになってきているのです。
男性には有効な診療でも女性にはまったく効かない、または行ってはいけない診療もあるということですね。
診療ガイドラインで取り上げているAGA内服薬のフィナステリドについては、二重盲検比較試験をした結果、少なくとも女性では無効という結論に達しています。
新たにデュタステリドが加わりました。男性型脱毛症では推奨度はAですが、女性型脱毛症では行うべきではないというDですね。
男性型脱毛症で有効だというエビデンスが出ているデュタステリドですが、女性に関してはきちんとしたエビデンスがありません。フィナステリド、デュタステリドのどちらも、妊娠可能年齢で服用すると、胎児になんらかの影響を及ぼす可能性がありますから、どちらの薬もDなのです。ただし、妊娠可能年齢を過ぎた更年期以降の女性に関しては、デュタステリドは期待していいのではないかと思っています。これは女性の場合、男性ホルモンが男性の10分の1しか無いのに反応がいいということは、男性に一生働き続ける5α還元酵素のⅡ型が女性には無く、女性はⅠ型が働いているのではないかと予測できるからです。しかし、どこの製薬メーカーも臨床試験を行っていないので、エビデンスとしてのグレードは今のところ一番低いのです。
フィナステリドとデュタステリド
男性型脱毛症の内服薬として新たに診療ガイドラインに加わったデュタステリドとはどういうものですか。
デュタステリドに関して半年間で十分臨床効果が出るだろうと、特例で製薬メーカーが二重盲検比較試験を行いました。結果、半年間でフィナステリドより良い結果が得られました。しかし、データを見る限りは半年でフィナステリドより良い結果が得られたのは事実ですが、果たして1年間服用し続けた結果はどうかとなると、フィナステリドとあまり変わらないかもしれません。デュタステリドは何がメリットかといえば、臨床結果が早く出ることです。なぜデュタステリドで早く効果が出るのか、製薬メーカーでもまだよくわかっていない。半年で効果の差がつくなら、1年後にはフィナステリドよりもっと差が出るんじゃないかと期待しますが、それはまだ分かりません。
フィナステリドを服用していた人がデュタステリドに替える、またはその逆で飲み替える方法もありますね。
フィナステリドを1年飲んでもあまり効果が現れなかった人がデュタステリドに替えたら効果が現れたという結果も出ています。そういう意味では両方試してみる価値はあります。
二つの内服薬の効果の現れ方で考えられることとは何でしょうか。
5α還元酵素にはⅠ型とⅡ型があり、フィナステリドはⅡ型のみを、デュタステリドはⅠ型とⅡ型を抑制しています。しかし果たしてデュタステリドはⅠ型とⅡ型の両方を抑制しているから効いているのか、またはⅠ型を抑制しているから効いているのか、そこのところはまだわかりません。なぜならⅠ型だけを抑制する薬剤がまだ無いから、真相はわからないのです。
ただし、デュタステリドの半減期(薬成分の血中濃度が半減するまでの時間)は非常に長くて数週間。フィナステリドの半減期は数時間。デュタステリドを1年以上服用している人は、薬成分が身体の中に長くとどまっているので、このまま早く効果が表れることも予想されます。
LEDおよび低出力レーザー
新たに加わった項目にLEDおよび低出力レーザー照射があります。その推奨度はBです。
この診療ガイドラインに取り上げるうえで大事なことは、科学的な根拠があるかどうかです。LEDおよび低出力レーザー照射の二重盲検比較試験の結果が複数の施設から出ていて、国際的に評価の高い雑誌にも取り上げられています。先に低出力レーザーの複数のエビデンスが先行し、LEDも同じようにレベルの高いエビデンスが近年発表されてきました。
低出力レーザーやLEDはどのように使用すればいいのでしょうか。
フィナステリドやミノキシジルを服用するなどの治療方法に加え、補助的療法として使用すれば相乗効果が期待できます。最近注目されているLEDは環境的に負荷が少なく、長年植物の栽培等にも使用されていてその安全性は高く、副作用もないことが大事なことです。
ただし、海外ではレーザー光を用いた機器はFDA(米国食品医薬品局)により医療機器として承認を得ている会社はありますが、LED機器に関しては、国内では医療機器として承認されてはおらず、美容機器扱いになっています。
ウィッグ着用の項目も加わる
今回はウィッグの着用という項目も加わっています。
2010年の診療ガイドライン策定の段階では、円形脱毛症の治療には有効であるという報告はわずかにありましたが、男性型脱毛症や女性型脱毛症に関しての報告はほとんどありませんでした。ところが2017年の診療ガイドライン策定にあたっては、サイエンティフィックな評価方法を使った英文報告が2つ提出されたので採用しました。これはウィッグを着用することによりQOLがどれだけ改善するかということに関し、客観的な評価方法が示されたものでした。ウィッグ着用がC1にとどまった理由はまだ少数のエビデンスであり、今後複数のところから多くの報告書が出てくれば、ウィッグ着用はBになる可能性もあります。
客観的実証の積み重ねがどれだけ多いかということですね。また、女性の脱毛に関しては、抗がん剤治療に関わる心の問題も大きいですね。
抗がん剤治療に伴う脱毛に関して、東京大学の真田弘美教授などが研究を進めていますから、新たなエビデンスが出てくることが期待できます。
成長因子導入および細胞移植療法について
毛髪再生医療の分野が新たに取り上げられていますが、まだC2という段階ですね。
再生医療の項目として取り上げる時期だということは、策定委員会では一致しているのですが、細胞成長因子を使った成長期誘導や毛包の細胞を使った細胞治療などは、現状では責任をもって評価をし、使用の可否を判断するには至っていません。
例えば、自分の脂肪肝細胞を培養して、その培養上清を注入するという療法や血小板の中の細胞成長因子を使ったPRP(多血小板血漿)療法、さらに細胞移植治療など注目に値する療法がありますが、まだ基礎的検討が十分にされていない部分、例えば未知のものが含まれている可能性もあり、現時点では長期の安全性が保証されないという点で、C2にとどまっています。
これらの治療は現在、美容医療の自由診療で走りすぎているきらいがあり、いずれにしてもそうした治療を行う際には「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」に基づいて適切な届け出をした上で行わなければなりません。
新ガイドラインを有効に使う
脱毛に関する診療ガイドラインが新たに改訂されました。これを我々はどのように使えばいいでしょうか。
診療ガイドラインそのものは、あくまで医療従事者向けで、毛髪治療が専門領域ではない場合でも、このガイドラインを見てもらえば、どのような治療がスタンダードとなるのかは分かってもらえます。
もちろん、一般の人がこのガイドラインを参考にするのは何の問題もありません。男性型脱毛症や女性型脱毛症の治療に、LEDなど補助的に併用したり、内服薬、外用薬などとともに自分にとってベストミックスな治療法を考えてみるのも一つの手ですね。
インタビュー・文/佐藤 彰芳 撮影/圷 邦信、田村 尚行
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