脱毛、薄毛は治療できる時代に

※所属、役職は取材当時のものとなります。

脱毛、薄毛は自分にあった方法で治療できる時代に入った。

男性型脱毛症はなぜ起こるのか、それはどういうメカニズムで抜けるのか。脱毛のメカニズムが解明され、治療の道は大きく開かれた。板見智教授は、エビデンスに基づいた診療ガイドラインを策定する毛髪研究の第一人者である。

男性ホルモンからの信号が髪の毛の成長をコントロール

男性型脱毛症はなぜ起こるのか。そのメカニズムはいまどのぐらいわかっているのでしょうか。

男性型脱毛症に遺伝的要素があること、しかもそれが人種によって違うこと、さらに男性ホルモンが強く関係していることは、70年も前からわかっていました。人種による違いでいえば、アングロサクソンは若くして発症して進行も早い。日本人は遅くに発症して、進行もゆっくり。発症率も日本人は全年齢平均で約30%ですが、アングロサクソンは40数%と高い。ただ同じアジア系でも韓国・中国は日本人より10%低いということもわかっています。ただ、遺伝と男性ホルモンという二つの要因で、なぜ男性型脱毛症が起こるか、そのメカニズムが解明されたのは比較的最近のことです。

 

どういうメカニズムなのでしょうか。

男性ホルモンの代表的なものはテストステロンですが、これが血中を流れて細胞内に入ると、ある酵素によってジヒドロテストステロン(DHT)という物質に変化します。このDHTが細胞内の男性ホルモンレセプター(受容体)と結合して毛乳頭細胞の核内に入り、標的遺伝子のプロモーターと結合して、生物学的作用を起こします。
この作用はすべての毛において同様に働くわけではありません。DHTが細胞内でレセプターと結合すると、ヒゲには毛の成長を促進するシグナルを出すのに、前頭部や頭頂部には逆に毛の成長を止めるシグナルを出す。男性型脱毛症の人は、この成長抑制シグナルが強いので、前頭部や頭頂部が先に薄くなってしまうのです。ヒゲと髪の毛とでは、シグナルが入ってきたときの反応がそれぞれ違う。どちらも、細胞を顕微鏡で見ればほとんど同じものですが、細胞の核の中の遺伝子レベルで、情報の受け止め方が異なっているのです。

薬による治療や自毛移植はもはや当たり前に

ここまでわかってくると、対策も講じやすいですね。

メカニズムの解明は、一つには、薬剤による治療に大きく道を開きました。何らかの薬によって男性ホルモンから出ている、成長抑制シグナルをブロックすればよいわけですからね。
そういう発想で生まれたのが、「フィナステリド」という薬です。これは、テストステロンをDHTへ変換する還元酵素の働きを阻害して、結果として抑制シグナルを弱めます。
もともとは前立腺肥大症の薬として開発されていましたが、男性型脱毛症に効果があることもわかり、〝飲む育毛剤〟「プロペシア」などの商品名で販売されています。3年間にわたって服用を継続すると80%の人に「髪の毛がやや増加」する現象が見られた、という臨床試験のデータがあります。
もう一つ、塗り薬(外用薬)に「ミノキシジル」(国内ではその5%溶液が「リアップX5」の商品名で発売)があります。これはもともと血管拡張作用のある薬で、毛の発育を促進するのは、副作用の1つだったのです。フィナステリドとは違って毛乳頭細胞から細胞増殖因子を分泌させることで発毛を促します。
育毛剤は大きな市場ですから、メーカーはこれからもさまざまなアプローチを続けることでしょう。新しい薬剤が開発される可能性は十分にあります。

 

さらに、植毛をして髪の毛を増やすという選択もありますね。

正しいヘアサイクルを示している部位から自分の毛包を取りだし、それを成長が止まった部位に移植して、定着させる手術ですね。よく行われるのは、後頭部の毛包を前頭部や頭頂部に移すというものです。
先ほど、発毛を促すメカニズムを説明したとき、男性ホルモンレセプターの役割が重要だと述べましたが、より正確にいうと、すべての部位の毛包にこのレセプターがあるわけではないのです。前頭部、頭頂部の毛乳頭細胞には男性ホルモンレセプターがありますが、後頭部にはこれがない。レセプターがなければ、男性ホルモンのシグナル作用が働かない。男性型脱毛症の患者さんでも、頭の上のほうはすっかり薄毛なのに、後頭部にはまだ毛が残っているケースが多いことからもそれはわかります。
自毛移植なら拒絶反応がありませんから手術も比較的簡単ですが、ただ、毛の数には限りがあります。1万本ぐらいまでが限度でしょうか。

エビデンスに基づいたガイドラインを活用

内服用法、外用療法、毛包移植、LED光による育毛、さらにウィッグなど、男性型脱毛症への療法・対策は、20年以上前から比べると驚くほど選択肢が増えてきましたね。

お医者さんと相談しながら、自分に適した方法を選択または併用することができるようになり、今の患者さんは大変恵まれていると思います。
そのためにも、しっかりした診療ガイドラインを策定することが必要です。
国際的に認められた研究論文を集め、それを客観的な視点から評価し、エビデンスとして現場の医師に推奨するものです。他の診療分野でもこうしたエビデンスに基づく治療は重視されていますが、私が属する日本皮膚科学会でも2010年に初の男性型脱毛症心療ガイドラインを策定しました。ガイドラインは数年ごとに改定されますから、現在は推奨度の低い治療法も、エビデンスを積み重ねれば、推奨度は高まっていく可能性があります。

インタビュー・文/広重 隆樹 撮影/圷 邦信