頭皮の健康とウェルビーイング

※所属、役職は取材当時のものとなります。

頭皮の健康はウェルビーイングには欠かせません

スカルプケア(頭皮のケア)という言葉はあるが、サイエンスと言えるだろうか。
これをサイエンスにすることによって、頭皮と毛髪の問題を解決できる。それが、ほんとうの意味のウェルビーイング(身体的、精神的、社会的に健やかな状態にあることを意味する概念)につながる。

患者の頭皮に何が起きているのかを知ることが先決

まず、褥瘡(床ずれ)に注目された経緯から教えてください。

看護師として就職して最初の年に、初めて早期の褥瘡を見つけて看護師長に報告したんです。そうしたら「褥瘡を発生させたのは看護の恥なのよ」と言われました。そうした言い方を初めて聞いて驚き、どのように予防したらいいのか文献で調べたのですが、わかったのは、まったく科学的に解明されていないということだけでした。
さらに、8年も10年も褥瘡が治らない患者様も珍しくないし、それを「治らないから」とあきらめている看護の現場では、患者様も看護師も苦しんでおりました。患者様のそういうところから、褥瘡の研究に取り組むことになりました。

そこから、どうして頭皮へ結びついていったのでしょうか。

褥瘡に端を発し、これまで慢性創傷を広く研究してきました。その一つが乳癌が皮膚に転移した癌性創傷です。癌性創傷は女性のシンボルともいえる乳房を中心に大きく壊死組織が表在化します。患者様は、多量の浸出液や強い臭い、そして痛みを抱えながら社会生活を送らなければならない。
正にウェルビーイングが損なわれた状態です。こうした患者様の苦痛を少しでも軽減するために、癌性創傷のケアを根本から見直すための研究を行いました。その中で、乳房と同様に女性のシンボルである毛髪を治療の過程で失うことに、患者様がひどく傷ついて苦しんでらっしゃることを知りました。そして、私たちがこれまで培ってきたスキンケアに関する知識や技術はこの問題にも応用できる、私たちが取り組まなければならない課題だと感じたわけです。
ウィッグを使ってらっしゃる患者様は多いんですが、「辛い」とおっしゃる。
乳がんの患者会で話を聞くと、「ウィッグをかぶると皮膚がチリチリして、痒みや痛みがあって辛い。だから、ウィッグではなくてバンダナを巻いている」とおっしゃいます。
女性の立場から考えると、バンダナを巻いて日常生活を送るのも、仕事場に行くのも苦痛です。ウェルビーイングのためには、その方にほんとうに合ったウィッグが必要だと感じました。
しかし調べてみると、頭皮に何が起こっているからウィッグの着用が難しいのか、そのようなデータがまったくなかったんです。チリチリ痛むのは表皮の問題なのか、それとも中の真皮の問題なのか、生理学的に何が問題なのかわからないかぎり、どんなにウィッグからアプローチしても患者様は快適にはなりません。
そこで考えたのは、患者様の頭皮の状態をより良く保てれば、好きなウィッグを選べるはずだ、ということでした。それには、まず患者様の頭皮に何が起きているのかという実態を知る研究を始めようと思ったわけです。
よくスカルプケアという言葉は巷で使われていますが、それをサイエンスにするという考え方ができていません。サイエンスにするということは、現象やメカニズムをエビデンスとして蓄積し、エビデンスに基づいた確かな医療を提供するということです。
そうしたスカルプケア・サイエンスを打ち立てるために立ち上げたのが、多職種連携チームです。

頭皮の状態そのものを変えることによって問題解決

頭皮の状態を解明することが研究のゴールですか。

もちろん、ただ解明するだけでは解決策は見いだせません。解決策を示してこそ現場に役に立つ研究です。
すでに一緒に研究していた峰松健夫先生たちはAHLという物質が発毛促進効果を有していることを見つけていました。この研究を頭皮の状態解明と平行して進めることで、スカルプケア・サイエンスが成立すると考えました。 それが3年前のことです。

その研究は、現在、どの段階まで来ているのでしょうか。

やっと調査施設が確定したのが現状です。女性のシンボルである乳房を失い苦しんでいる患者様に頭皮まで調べさせてもらうのは、非常に難しいことです。そこで必要なのが、実践力があって研究する力もあり、臨床現場に密着して患者様との信頼関係もつくることができる、優れた看護研究者の存在です。
そういう可能性のある人材を発掘して、育成するのに1年半かかりました。また、このような研究者が力を発揮するには、調査施設の理解と信頼を得、協力関係を構築する必要があります。人材育成・調査施設の確保ができ、ようやく調査のスタートラインに立てた、というのが現状です。

そこから、どういうことが見えてくると期待されていますか。

乳癌などの治療による脱毛症で悩まれている方々の頭皮に何が起きているかのメカニズムが解明され、どういうケアをすればいいのかという方法論を固めていくことができます。頭皮スキンケアが変わることによって、先駆的に毛髪の問題を解決していくことができるようになると思っています。

溶媒(Veh)もしくはHSLを塗布して3週目の皮膚の内部の構造。溶媒を塗布したマウスの皮膚(左)では、萎縮した毛包が観察され、HSLを塗布したマウスの皮膚(右)では成長期の毛包が観察された。
Minematsu et al. PRS-GO. 2013

インタビュー・文/広重 隆樹 撮影/圷 邦信

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