2022 Vol.5.3 Special Interview アデランスプラス特別編 スペシャルインタビュー
男性ホルモンはミドルからの健康長寿のカギ

大阪大学大学院 医学研究科
皮膚・毛髪再生医学寄附講座 特任教授

重樹

Inui Shigeki

【略歴】
1991年  大阪大学医学部医学科卒業、医師免許取得
1991年  大阪大学医学部皮膚科学教室入局
1992年  大阪労災病院皮膚科医員
1996-8年 米国留学(ウイスコンシン大学、ロチェスター大学)
この間、1997年 大阪大学大学院博士課程修了、学位取得
1999年  大阪大学医学部皮膚科学教室医員
2000年  大阪大学医学部皮膚科学教室助手
2006年  大阪大学医学部皮膚・毛髪再生医学寄附講座
准教授(附属病院皮膚科兼任)
2016年~ 心斎橋いぬい皮フ科院長
2016-8年 大阪大学大学院医学系研究科皮膚科学講座招聘教授
2018年~ 大阪大学医学部皮膚・毛髪再生医学寄附講座特任教授

【専門医資格】
日本皮膚科学会専門医
日本アレルギー学会専門医・指導医
日本褥瘡学会認定師(医師)
日本抗加齢医学会専門医

【所属学会】
日本臨床毛髪学会理事長、日本毛髪科学協会副理事長(資格審査委員会委員長、中長期事業計画委員会委員)、日本美容皮膚科学会理事(雑誌編集委員会委員長、推薦委員会委員、学術教育委員会委員、用語集検討委員会委員)、日本皮膚科学会代議員、毛髪科学研究会世話人・監事、日本研究皮膚科学会評議員、日本アレルギー学会専門医制度試験問題作成委員、日本抗加齢医学会評議員、日本皮膚免疫アレルギー学会評議員(広報委員会委員)、日本褥瘡学会評議員、日本化粧療法学会評議員

【受賞】
第3回国際毛髪科学学会、 Oral Presentation Award, 2001
第27回日本接触皮膚炎学会学術大会 ポスター賞、2002
JSID Shiseido Fellowship Award, 2003
第4回ガルデルマ賞、2003
第24回日本美容皮膚科学会 アイデアアンドイノベーション賞、2006
第107回日本皮膚科学会総会 ポスター賞、2008
第8回日本抗加齢医学会総会 奨励賞、2008
第72回日本皮膚科学会東部支部総会 会長賞、2008
平成22年度日本皮膚科学会雑誌論文賞(The Journal ofDermatology), 2010
F1000Prime AFM Travel Grant 2013
JD Award, Most Downloaded Articles in 2013
第14回日本抗加齢医学会総会プレナリー賞、2014
第33回日本美容皮膚科学会優秀演題賞、2015

 

 

産業医科大学
医学部泌尿器科学講座 教授

藤本 直浩

Fujimoto Naohiro

【略歴】
1984年3月  島根医科大学医学部(現島根大学医学部)卒業
1984年7月~ 産業医科大学病院 臨床研修医、専修医(泌尿器科)
原三信病院へ出向・派遣(1985年6月~1985年9月)
(1986年7月~1987年6月)
1987年7月  産業医科大学医学部泌尿器科助手
福島労災病院へ派遣(1990年1月~1990年6月)
米国ウイスコンシン大学 Comprehensive Cancer Center
(1996年1月~1997年6月)
米国ロチェスター大学 George Whipple Lab for Cancer Research
(1997年7月~1998年1月)
北九州市立戸畑病院泌尿器科部長
(1998年4月~2000年5月)
2000年6月  産業医科大学医学部泌尿器科学講座講師
2003年6月  産業医科大学医学部泌尿器科学講座助教授(現准教授)
2015年2月  産業医科大学医学部泌尿器科学講座教授 現在に至る
産業医科大学病院 がんセンター長( 2018年4月~2020年3月)
産業医科大学若松病院 病院長(2020年4月~)
産業医科大学病院 副院長 (2020年4月~)

【専門医資格】
日本泌尿器科学会専門医、指導医
がん治療認定医
日本泌尿器科学会 泌尿器科腹腔鏡技術認定医
日本内視鏡外科学会 技術認定医(泌尿器腹腔鏡)
ダ・ヴィンチサージカルシステム認定医

【所属学会】
日本泌尿器科学会、アメリカ泌尿器科学会、ヨーロッパ泌尿器科学会、日本泌尿器内視鏡学会、日本内視鏡外科学会、日本癌治療学会、日本癌学会、日本臨床細胞学会、日本癌分子標的学会、日本排尿機能学会、日本性機能学会、日本Men’s Health医学会、日本小児泌尿器科学会、日本尿路結石学会、日本感染症学会、日本化学療法学会、日本環境感染症学会

【受賞】
前立腺癌ワークショップ 最優秀論文賞(2000年)
日本泌尿器科学会西日本総会 学術奨励賞(2006年、2007年)
IJU reviewer of the year 2007(2008年)
欧州泌尿器科学会総会 (EAU) Best Poster(2013年、2014年)
米国泌尿器科学会議(AUA) Best of Posters(2013年)

 

男性ホルモンはミドルからの健康長寿のカギ

中年以降の男性で男性ホルモン値が低くなると、抑うつ状態、性機能の低下、糖尿病や肥満、
メタボリックシンドローム、心血管疾患など、多くの疾患やQOLの低下につながるとの研究結果がある。

また、男性ホルモンの減少は認知症やサルコペニアとも関連する。

男性ホルモンは中年以降の男性を病気のリスクから身を守ってくれる、
健康長寿のための大事なカギといえそうだ。

人生100年時代、男性も健康でより長く現役でありたい。

日々の暮らしに生きがいを感じ、自分の「見た目」に自信を持って、
健康で元気でいるためにはどのようにしたら良いのだろうか。

 

— 本日は大阪大学大学院医学研究科の乾先生と産業医科大学医学部の藤本先生の対談が実現しました。乾先生は皮膚科、藤本先生は泌尿器科がご専門分野でいらっしゃいますが、知り合われたのはいつ頃ですか。

乾● 初めて会ったのは1996年、アメリカのウィスコンシン大学でした。そこの研究室のボスは、Chang教授という台湾系アメリカ人でアンドロゲン受容体をクローニングした研究者、その分野では有名な人でした。ウィスコンシン大学マディソン校にあった研究室がロチェスター大学に移ったので、藤本先生とはウィスコンシン大学とロチェスター大学、2つの場所でご一緒に研究をしていたことになります。

 

— Chang教授のもとで、お二人はアンドロゲン受容体の研究をなさっていたのですね?

藤本● そうです。乾先生は毛髪、私は前立腺がんに関して、アンドロゲン受容体の研究をしていました。

 

— 藤本先生は前立腺がんのホルモン療法をご研究なさっています。前立腺がん発症は、どの年代に多いのでしょうか。

藤本● 発症は60歳からが多く、70歳がピークになっています。しかし、その年齢で前立腺がんが出来るのではなくて、発症する10年から20年くらい前に、がんはすでにでき始めると考えられます。60歳とか70歳になって、リスクが急に高くなるというような問題ではありません。小さながんが40歳代でできていても、最初は見つけることは難しいのです。前立腺がんというのは増殖が遅いので、60歳から70歳になって、やっと臨床的にがんとわかる大きさになって来ると考えられています。

 

— 前立腺がんのホルモン療法とは、具体的にはどのような治療なのですか。

藤本● 前立腺がんのホルモン療法は、どんなお年寄りの方でも比較的簡単に行える、注射と飲み薬を使った治療です。前立腺がんはアンドロゲンを利用して増殖するので、ホルモンの作用を抑制することで治療効果を期待する方法です。このホルモン治療が効かないという方は患者さん全体の10%もいらっしゃらないくらい、効果が高い治療法です。

 

— 前立腺がんのホルモン療法に副作用はありますか。

藤本● 良い治療なのですが、治療が長期に及ぶので副作用が出る可能性が高くなります。副作用は、認知機能が落ちる、やや抑うつになる、体重増加などです。認知機能障害が出てくる可能性には特に注意しなければなりません。患者さんがご高齢の場合、治療中の認知機能の低下が。加齢のためなのか副作用なのか、判断が難しくなります。
また、1年以上治療を続けると骨粗鬆症になりやすくなるという副作用も出て来ます。そのほかに、重篤ではないものの頻度として高い副作用は、女性の更年期障害のような症状が出ることで、治療前に患者さんには「女性の閉経のときのようなほてり症状が出る可能性」をご説明します。男性はそのような症状をご経験なさったことは無いはずなんですが、何故か皆さんご理解くださいます。
ほかにも、男性ホルモンを抑える治療なので、性機能に障害が出てきます。治療の前に性機能への影響をご説明してから治療を始めるので、性機能への影響は精神的なものもあるのかもしれません。性機能への影響は、患者さんが気になさることの一つです。

 

— 乾先生に伺います。AGA治療の中にも男性ホルモンを抑える治療がありますが、AGA治療を検討する男性で、性機能の低下を気になさる方はいらっしゃいますか。

乾● もちろん、いらっしゃいます。特に、これから子どもを作りたいという年代の方は気になるところだと思います。ケースバイケースですが、将来、子どもを作る可能性があるという人には、デュタステリドはお勧めしていません。若い患者さんには、性ホルモンに影響しないミノキシジルをお勧めすることが多いです。
しかし、若い方で毛髪を気にしている患者さんは、強くて効果の高い治療を希望なさる傾向があります。20代で薄毛になる方は、ほかの年代に比べてより深刻に悩まれている方が多いのも事実です。若い患者さんの場合、お母様もご一緒に悩まれていて、診察についていらっしゃる方もいます。

 

— AGAの治療をすると、実際に性機能が低下するのですか。

乾● 興味深いAGA治療の臨床試験があります。実際の治療薬を投与するグループとプラセボ薬を飲んでもらうグループと比較したら、性機能の低下に差がなかったという結果でした。また別の臨床試験では「性機能が低下する可能性があります」と説明したグループとそれを説明しないグループを作った場合、説明したグループの方が性機能が低下したと言う人の割合が有意に多かったという報告もありました。このような現象は思い込みによる「ノセボ効果」と言われ、AGA治療薬を飲んだことによる思い込みも影響している可能性があります。
しかし、実際に、AGA治療薬の一つ、デュタステリドは「精子数が30%下がる」という報告もあり、私は将来的に子どもを作りたいと考えている患者さんにはデュタステリドはお勧めしていません。

※「ノセボ効果」
プラセボ効果の逆で、偽薬によって副作用が現れること。思いこみから副作用を感じてしまうこと。プラセボ効果は効果を期待する患者の気持ち、ノセボ効果は副作用を懸念する患者の気持ちに由来する。

 

— 性機能が低下するのが不安でAGA治療に踏み出せない、という方は多いのでしょうか。

乾● はい。若い方だけでなく60歳を過ぎた方でも、性機能を気になさる方はいらっしゃいます。内科で性機能改善薬を飲んでも問題無いか調べてから、AGA治療を始める患者さんもいらっしゃいます。実際、AGA治療をしながら同時にED治療している患者さんも少なくありません。しかし、性機能改善薬を飲みたくないという方で性機能障害も気になる場合にはウィッグという選択肢も良いと思います。「見た目」は若々しく性機能を心配することなく使える、というのがウィッグの利点です。

 

— AGA治療を希望する方は増えているのですか。

乾● AGAの治療薬が出てから、男性の「見た目」に対する意識が変わったのではないかと思います。昔は、薄毛を主訴にして皮膚科に来る男性は少数でした。その頃は、治療法も確立されていませんでしたし男性型脱毛症でも気になさらない方が多くいらっしゃいました。
しかし、この頃は、男性の「見た目」に対する意識が変わってきて、薬も開発されたこともあり、AGA治療を希望なさる方は増えています。

 

— 藤本先生は、現在どのようなご研究をなさっているのですか。

藤本● 私の研究室は、前立腺がんの治療、前立腺がんのバイオマーカーというような研究を中心に行っています。最近は、ぼうこうがんと男性ホルモンの関係も研究のテーマとなっています。まだ、はっきりしたことは分かりませんが、おそらく性ホルモンが関係するのではないかと考えています。

 

— 乾先生の現在のご研究についてお聞かせください。

乾● 赤色LEDを毛乳頭に照射して、その影響とメカニズムを調べています。培養ヒト毛乳頭細胞に赤色LEDを照射した後に、細胞成長因子が出るということが確認できて、その研究は続けていますが、他の因子の変化についても研究を続けているところです。
また、マウスに照射するLEDの波長をいろいろ変えて、波長の違いによる変化も研究しています。現在、630nmという比較的長い波長のLEDを照射し、遺伝子レベルでいろいろなものが動くのではないかということを調べているところです。

 

— 男性ホルモンの研究会や学会はありますか。

藤本● 最近、いくつか、男性医学に関する会が出来ています。日本 Men’s Health 医学会、テストステロン研究会、日本性機能学会などです。男性更年期障害や、前立腺疾患、ED、生活習慣病、骨代謝疾患など、中高年以降の男性疾患の研究を推進しています。

 

— 女性のホルモン低下によるQOLの低下については、ホルモン補充法などの治療やサプリメント、運動や食事などによる改善方法の認知が広がっています。男性のホルモン低下についてはいかがでしょうか。
藤本● 加齢によって男性ホルモンが低下すると性機能の低下だけでなく、気分が落ち込む、心血管障害による心筋梗塞や脳梗塞、メタボリック症候群などになりやすくなります。加えて、最近では認知機能が低下するということも報告されています。中高年以降の男性の心身の健康に、男性ホルモンは大変重要なカギとなります。この分野についての研究や啓発は、これからどんどん進んでいくと思います。健康的な食事や適度な運動は男性ホルモンの低下を防ぐことに役立つと考えらますので、お勧めです。

 

— 男性医療に関して、最近注目されているトピックはありますか。

藤本● 最近認知されてきたのは、男性ホルモンの精神や認知機能に対する作用です。これまで性機能に関する作用が主に注目されてきたのですが、身体全体の健康と精神的な健康にも非常に重要であると言う認識がひろがってきました。日本ではまだまだ広まっていませんが、男性ホルモンの値が下がって来た人にテストステロンを補充する治療法が世界的に多くなってきています。

 

— 今後の研究の方向性について伺います。

乾● 男性ホルモンの研究では毛髪が薄くなるメカニズムを研究してきましたが、皮膚毛髪再生医学の分野、具体的には毛根などの組織再生にも現在取り組んでいて、これらの研究も続けていきます。

藤本● 男性特有のがんを中心に研究していきます。いろいろな治療薬が出ており、それぞれの患者さんにどのような治療が適切であるか、つまり、治療の個別化、そのためのバイオマーカーについても研究を続けていきます。さらに、患者さんにとって身近なものとしては、がん薬物治療による副作用の問題があります。これについては長年にわたって研究と医学的進歩がありましたが、性機能や脱毛についてはあまり重要視されてきませんでした。これらは治療する側が思う以上に患者さんは気にしておられるのではないかと思われ、このような点についても泌尿器科医として向き合っていきたいと思っております。

 

2020 Autumn Vol. 5.3
2022年8月発行
発行/株式会社アデランス
〒160-8429 東京都新宿区新宿1-6-3

 

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