かつらの歴史 第4回 神代のかつら・ウィッグ日本史

2020年9月16日

今回は、ウィッグの歴史を研究しているアデランス元社員・学術研究員・益子達也さんに日本のウィッグ(かつら)の歴史についてお伺いします。


―日本の歴史で、ウィッグが初めて登場したのはいつぐらいのことなのでしょうか?

益子氏:史実とはいえませんので、歴史上初めてとはちょっと違うのですが・・・。


実は、日本では神代のときからウィッグがあるんです。最初に登場したのは、亡くなったイザナミをイザナギが黄泉の国に迎えに行ったときのことです。


イザナギとイザナミ

イザナギとイザナミ


大八洲(おおやしま)、つまり日本列島をはじめ、さまざまな神々を生み出したイザナギとその妻・イザナミでしたが、イザナミは最後に火の神を産んだときに、やけどして亡くなってしまいます。


イザナギは嘆き悲しんで、なんとかイザナミを取り戻そうと死者の国・黄泉国(よもつくに)へと向かいます。「一緒に戻ろう」と言うイザナギの言葉にイザナミも応じ、帰り支度をはじめるのですが、なぜかイザナギに向かって「私の姿を絶対に見ないでくださいね」と言います。はじめはその言いつけを守っていたイザナギですが、支度が遅いのを心配してついにイザナミの姿をのぞき見してしまいます。そこには、イザナミのたいそう変わり果てた姿がありました。


恐ろしくなったイザナギは一人で黄泉国を逃げ出すのですが、イザナミは恥ずかしさのため烈火のごとく憤慨し、黄泉醜女(よもつしこめ)などをつかわしてイザナギを追わせます。必死に逃げるイザナギは、何か黄泉醜女の妨げになるものはないかと、頭に着けていた黒御鬘(くろみかづら/野葡萄(のぶどう)のつるくさのかつら)を投げたところ、それが黄泉醜女の足を止めることとなり、イザナギは無事に逃げ通せたのでした。


この逸話に出てくる「黒御鬘」が日本の歴史上初めて登場するウィッグなんですね。


その後、黄泉の国から脱出したイザナギは、九州の高千穂にて穢れ(けがれ)を払います。まず左目を洗うとそこから天照大神(あまてらすおおみかみ)が生まれ、右目を洗うと月読命(つくよみのみこと)、最後に鼻を洗うと須佐之男命(すさのおのみこと)が生まれました。


―その神話は読んだことがあります。神様のウィッグってどんな形だったのでしょう?

益子氏:イザナギの黒御鬘は、つる草を輪にして髪の上にのせる長寿祈願の魔よけであったようです。ちなみに、黒御鬘は葡萄となりましたが、さらに櫛(くし)を投げつけたら筍(たけのこ)となったとされています。


古事記や日本書紀にはこの黒御鬘以外にもウィッグが出てきます。イザナギから生まれた三神はそれぞれ天照大神が高天原、月読命が夜の世界、須佐之男命が海を統べることになりますが、須佐之男命だけは母親の黄泉国に行きたがったため、怒ったイザナギによって須佐之男命は追放されてしまいます。


須佐之男命

須佐之男命


そこで、須佐之男命は姉・天照大神に別れを告げようと高天原へ出向くのですが、天照大神は、「須佐之男命が高天原を支配しようという野望があるのでは」と考え、戦の準備をします。髪を解いて鬟(美豆良/みずら)に結い直し、さらに髪を結って頭の上で結い、左右の鬟には五百個の御統(みすまる/勾玉(まがたま)や菅玉(くだたま)などをひもに通して輪にしてまとめたもの)をまとったそうです。


対峙(たいじ)した姉弟は互いの飾り物で神産み比べをし、結果として須佐之男命に邪心がないことが証明されました。


このときの天照大神の姿は、ウィッグを身に着けていたものと推察されるのですが、文書表現からでは何ともわかりにくく、また資料も極めて少ないため、どんなスタイルであったかがよくわかっていません。私としては、髪を解いて鬟(美豆良)に結った部分以外は頭上で髪をまとめてあり、鬟と頭上に丸く巻いた自毛かつらとして表現するのがよいのかなと考えています。


鬟(美豆良)

鬟(美豆良) By Suisui


―ほかの神様も、ウィッグを着けていたのでしょうか?

益子氏:ありますよ。有名な天の岩戸(あまのいわと)の神話に登場します。邪心がないことが証明された須佐之男命は喜びのあまり大暴れして、そして傲慢(ごうまん)になっていった。その様子を悲しんだ天照大神は、天の岩戸に隠れてしまいます。そのため世界から光が消えて、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が暴れまわるどうにもならない状況になってしまいました。


困った神様たちは、天照大神をもう一度外に出そうと知恵をしぼり、にぎやかな宴(うたげ)を催します。このとき、天照大神を呼び戻すために踊りを踊ったのが天宇受売命(あめのうずめのみこと)でした。天宇受売命は日蔭葛(ひかげのかずら)をたすき(鬘とみなす)として、頭に巻いた正木葛(まさきのかずら)を鬘として笹(ささ)の葉を手に持って踊ります。


天の岩戸の神話

天の岩戸の神話


「何事が始まったのか」と気になった天照大神が少し扉を開けたところを、力持ちの神・天手力男神(あめのたぢからおのみこと)がその隙に一気に扉をこじ開け、無事に天照大神が出現され光が戻ったのだそうです。


天照大神に再度この世を照らす機会を演出したのが天宇受売命であり、たすきや鬘などのウィッグが、重要な小物になっているのは興味深いものですね。ちなみに、この天宇受売命は今では芸能の神とされています。日本のかつらの歴史には能のかつらと歌舞伎のかつらが欠かせないのですが、それは芸能の神・天宇受売命からつながっているのでしょうね。


本連載分の年表 第4回 神代のかつら・ウィッグ日本史





    >第1回 古代における世界のかつら・ウィッグの始源

    >第2回 中世~17世紀のかつら・ウィッグ世界史

    >第3回 18世紀~現代のかつら・ウィッグ世界史

    ・第4回 神代のかつら・ウィッグ日本史

    >第5回 古代〜万葉の時代のかつら・ウィッグ日本史

    >第6回 能や歌舞伎のかつら・ウィッグ日本史

    >第7回 明治〜現代のかつら・ウィッグ日本史




参考文献:

現代髪学事典(NOW企画1991/高橋雅夫)、髪(NOW企画1979/高橋雅夫)、古事記・日本書紀(河出書房新社1988/福永武彦)、万葉集[上・下](河出書房新社1988/ 折口信夫)、神社(東京美術1986/川口謙二)、祖神・守護神(東京美術1979/川口謙二)、神々の系図(東京美術1980/川口謙二)、続神々の系図(東京美術1991/川口謙二)、日本靈異記(岩波書店1944/松浦貞俊)、ことわざ大辞典(小学館1982/北村孝一)、天宇受売命掛け軸 (椿大神社)、能(読売新聞社1987/増田正造)、能の事典(三省堂1984/戶井田道三,與謝野晶子)、能面入門(平凡社1984/金春信高)、カラー能の魅力(淡交社1974/中村保雄)、能のデザイン(平凡社1976/増田正造)、歌舞伎のかつら(演劇出版社1998/松田青風、野口達二)、歌舞伎のわかる本(金園社1987/弓削悟)、江戸結髪史(青蛙房1998/金沢康隆)、日本の髪型(紫紅社1981/南ちゑ)、歴代の髪型(京都書院1989/石原哲男)、裝束圖解[上・下](六合館1900-29/關根正直)、日本演劇史(桜楓社1975/浦山政雄、前田慎一、石川潤二郎)、女優の系図(朝日新聞社1964/尾崎宏次)、西洋髪型図鑑(女性モード社1976/Richard Corson、藤田順子 翻訳)、FASHION IN HAIR(PETER OWEN1965-80/Richard Corson)、江馬務著作集第四巻装身と化粧(中央公論社1988/江馬務)、原色日本服飾史(光琳出版社1983/井筒雅風)、 Chodowiecki(Städel Frankfurt1978)、西洋服飾史(文化出版局1973/フランソワ・ブーシエ、石山彰 監修)、おしゃれの文化史[I・Ⅱ](平凡社1976-78/春山行夫)、西洋職人づくし(岩崎美術社1970-77/ヨースト・アマン)、大エジプト展(大エジプト展組織委員会/日本テレビ放送網)、古代エジプト壁画(日本経済新聞社1977/仁田三夫)、フランス百科全書絵引(平凡社1985/ジャック・プルースト)、洋髪の歴史(雄山閣1971/青木英夫)、天辺のモード(INAX1993/INAX)、他参照書籍多数、他ウェブサイト参照、他かつら会社、神社等取材先多数


協力者:

高橋雅夫氏




記事初回公開日 :2015年10月12日

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